国鉄特急


<本州>

いなば 〔INABA〕 PC特急 DC特急   shindais.gif (1139 バイト)ブルートレイン   2012年1月22日更新  2012年7月1日更新(写真追加

 国鉄時代の特急いなばは、東京と山陰を結んでいた寝台特急で、運転区間は東京〜米子間に、1往復設定されていました。いなばは新幹線が博多まで開業した1975年3月に、東京〜浜田間に運転され、当時、人気が高かった出雲を増強する形で、大阪〜鳥取間のDC急行名いなばより、東京発の寝台特急に命名され、14系によるブルートレインとして誕生しました。

 華々しくデビューしたいなばでしたが、東京〜名古屋間は紀伊と併結であったため、HMは無く、又牽引機はEF58で、他の東京発のブルートレインに対し見劣りがしました。そして、僅か3年半後の1978年10月改正では、同じ山陰のブルートレイン出雲に愛称が統一され、いなばは、廃止されてしまいました。

 写真は米子駅に到着したブルートレイン時代のいなばです。車両は14系スハネフ14、後ろの旧型客車はオハフ45 2108、時代を感じさせます。これらのブルートレイン時代のいなばは、1976年にToyoshima様が撮影された貴重な写真を掲載しています。

inaba14.jpg (65565 バイト) 寝台特急<いなば> 14系 米子駅にて 1976年 Toyoshima様撮影

 写真は米子駅に到着する寝台特急いなばです。寝台特急いなばは1978年10月、運転区間が米子から出雲市駅に延長され、その際に愛称が出雲に変更されたため、廃止となりました。

inaba1402.jpg (47484 バイト) 寝台特急<いなば> 14系 米子駅にて 1976年 Toyoshima様撮影

 写真は寝台特急いなばの側面字幕です。寝台特急いなばは8両編成で運転され、名古屋で6両編成の紀伊と併結され東京まで運転されていました。

inaba14-03.jpg (25525 バイト) 寝台特急<いなば> 14系 米子駅にて 1976年 Toyoshima様撮影

 長らく幻の特急となっていたいなばですが、JR化後の1996年3月16日に、山陰本線京都口の電化により、あさしおが廃止された際に、鳥取〜米子間のローカルDC特急として復活、車両は181系による3両編成でした。

 そして、1994年に開業していた智頭急行線経由で、岡山〜鳥取間に特急が、新設される事になり、その特急名としていなばが抜擢され、1997年11月29日に181系3両編成により、運転が開始されました。その後、2003年10月1日には、車両が187系に変更され増発された際に、列車名は、スーパーいなばに変更されました。

 写真は、岡山駅で撮影した181系国鉄色の特急いなばです。1998年8月に岡山駅で撮影、先頭車両はキハ181 17、HMは、出雲神話、「因幡(いなば)の白兎」に由来するしろうさぎをモチーフとするデザインでした。

18-inaba.jpg (68098 バイト) 特急<いなば>181系 岡山駅にて 1998年8月撮影

19-inabas.jpg (70243 バイト) 特急<いなば>181系 岡山駅にて 1998年8月撮影

 国鉄時代の写真ではありませんが、国鉄色のDC特急という事で掲載致しました。引き続き国鉄時代の寝台特急いなばの写真を募集しています。

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