国鉄特急 |
<本州>
ゆうづる〔YUZURU〕 EC特急 PC特急
ブルートレイン 2006年1月16日更新 2007年9月17日更新 2010年1月2日更新
東京と北海道、北東北を常磐線経由で結んでいた寝台特急、運転区間は上野〜青森間で、最盛期には7往復が運転されていました。ゆうづるは1965年10月1日に20系によるブルートレインとして誕生。この頃、常磐線の平〜仙台間は、電化が完成していなかったため、終焉を向かいつつあった蒸気特急(C62牽引)が1968年6月20日まで実現し、赤いヘッドマークを付けたC62+20系による姿は、国鉄を代表する名シーンのひとつとなりました。又仙台以北は、当初よりDD51が牽引していました。
ゆうづるのHMを付けたDD51 608です。1975年頃、タケカップ様が撮影された写真を掲載しています。DD51の牽引は、1968年9月末まで見られ、それ以降は、全工程EL牽引(上野〜平間EF80/平〜青森間ED75)になりました。又HMは1973年頃以降は、取り付けられなくなりました。
特急<ゆうづる>DD51
608 1976年頃 タケカップ様撮影
写真は、EF80牽引HM付きのゆうづる4号4レです。1985年頃、CASA様が上野駅で撮影された貴重な写真を掲載しています。特急として新設当初より、上野〜水戸(平)間は、日本初の交直両用電気機関車EF80が牽引しました。HMの取付けは、1985年頃に復活しました。
特急<ゆうづる>EF80
39 1985年頃 上野駅にてCASA様撮影
写真は、同じくEF80牽引HM付きのゆうづる2号2レです。EF80は、やがて50HZ/60HZ両用のEF81の台頭により、徐々に駆逐され、EF81の牽引に変わっていきました。そしてEF80はJR化前までに全て、廃車されました。
特急<ゆうづる>EF80
35 1985年頃 上野駅にてCASA様撮影
ゆうづるの運行は、1968年10月1日改正では、583系電車寝台として1往復、増発、1970年と1972年にも増発され、電車は3往復、客車は2往復の計5往復に、そして新幹線博多開業の1975年3月10日には、関西で余剰となった20系により、客車が2往復増発され、7往復体制となり、クライマックスを迎えました。
写真は上野駅で撮影したゆうづる、車両は20系ナハネフ22、1976年3月に撮影、この時点で他の地域では20系は少なくなっていましたが、上野発着のブルートレインは20系全盛期で、ゆうづるの客車列車の4往復は全て20系が使用されていました。その後、1976年10月には20系より24系に変更となりました。
特急<ゆうづる>20系ナハネフ22 上野駅にて 1976年3月25日撮影
下の写真は20系、貫通タイプのナハネフ21、上がりゆうづる、北では雪が降っていたらしく、屋根に積雪を載せたまま、上野に到着していました。
特急<ゆうづる>20系ナハネフ21 上野駅にて 1976年3月25日撮影
この20系ナハネフ21、ゆうづるの隣に583系ゆうづるが到着する所です。この583系電車寝台の中でも下り3号と上がり7号は寝台を出さない座席寝台列車で、バリエーションも多彩に富んでいました。
ゆうづる 20系ナハネフ21と583系 上野駅にて 1976年3月25日撮影
ゆうづるは、その後、減便され、青函トンネル開業に伴い1988年3月13日には、北海道連絡への役目を北斗星に譲る形で、客車列車は廃止され、又電車寝台も1993年12月に廃止され、列車名としても完全に消滅してしまいました。北へ向う寝台列車として、エースを務めたゆうづるを今は見る事が出来ません。又このゆうづるを見ていると、石川さゆりの"津軽海峡冬景色"が聞こえてきそうになります。
特急<ゆうづる>20系ナハネフ22 上野駅にて 1976年3月25日撮影
下の写真は、24系化後ゆうづるの、ヘッドマークはイラスト入りになっています。24系ナハネフ24の前面には、この頃はジャンパー受けが付いていて、現在残っている車両と違った印象になっています。
特急<ゆうづる>24系ナハネフ24 上野駅にて 1979年8月撮影
隣のホームでは、東北新幹線のための、撤去工事が行われていました。
特急<ゆうづる>24系ナハネフ24 上野駅にて 1979年8月撮影
下の写真はイラスト入りヘッドマークの電車寝台583系のゆうづるです。1982年5月にデジアナ様が撮影された写真を掲載しています。
特急<ゆうづる>583系 上野駅にて 1982年5月1日デジアナ様撮影
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