私鉄ローカル線紹介

 近鉄北勢線  更新 2001.9.30  PAGE 2

 写真は軽便鉄道では珍しい、連接電車のク200形ク202です。このク200形サ201+サ101+ク202は元は湯の山線から移ってきた4401形4400+4401+4402で、三重交通が製造した1959年日本車両製、当時としては画期的なナローゲージ用の車両でしたが、三重交通は三重電気鉄道を経て、1965年4月に近鉄と合併、合併前の1964年3月に軌間が762mmから1435mmに拡幅及び昇圧工事が実施され、同じ三重電気鉄道の北勢線にやってきました。

00819059.jpg (26839 バイト)北大社にて ク200形202 1981年5月撮影

北勢線に移籍後、交換部品の不足により、電装解除、T車化されサ200形となり、1977年の近代化により先頭車の202が、Tc化されク202となりました。

00819057.jpg (19914 バイト)ク200形の連接部、北大社にて 1981年5月撮影

このク200形は今も現役で、ラッショ時を中心に使用されています。

北勢線では近代化され多くの古い車両が、内部、八王子線に移籍して行きましたが、古豪のモ220形が新造車に混じって生き残っていました。

00819054.jpg (31828 バイト)北勢線を走るモ224+ク223 1981年5月撮影

 写真は220形モ224+ク223です。この電車は北勢線が電化された1931年に当時の北勢軽便鉄道が購入した電車で、それまでは蒸気機関車により運転が行われていた。この後すぐに社名も北勢電気鉄道に改名されています。当時の形式はモハニ50形で、両側運転台、半鋼製の電車で日本車両製、モハニ50形モハニ50〜55は、三重交通統合時、モニ221〜226となり、近鉄合併時も北勢線で働き続けました。

 1977年の近代化時、余剰になったモニ225、226は内部、八王子線に移されましたが、4両が残り、荷物室の客室化及び荷物室のあった反対側を貫通化し、221、223が電装解除、Tc化されク221、223となり、モ220形に改称した222、224と固定編成化し、モ222+ク223、モ224+ク223で、ペアを組み活躍していましたが、1992年に残念ながら廃車されました。

00819061.jpg (31278 バイト)北勢線を走るモ222+ク221 1981年5月撮影

 北勢線は1914年(大正3年)、北勢軽便鉄道が西桑名〜楚原間14.5Kmを開通させたのが、始まりで、当時は蒸気鉄道でした。1931年(昭和6年)には阿下喜まで全線が開通し、同時に電化されました。この北勢線は各地の軽便鉄道が消えて行く中、大私鉄、近鉄の路線として暖かく見守られ、今も健在ですが、ついに最近、廃線の話が持ち上がりました。近鉄は2000年に赤字路線である北勢線を廃止する方針を明らかにし、地元と協議を始めています。

00819055.jpg (24507 バイト)伊勢平野の田園地帯を走るモ220形 1981年5月撮影

 近代化され、軽便らしさは失っても、路線自体は安泰であろうと思われた北勢線ですが、乗客の減少という現実には勝てないかもしれません。しかしながら少しでも長く、走り続る事を希望します。

◆近鉄のもうひとつの軽便路線、 内部、八王子線も紹介しています。

◆参考:近鉄公式HP、鉄路の名優

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