ローカル私鉄紹介

    琴平電鉄(高松琴平電気鉄道)   1998.3.15  

 4.琴平線 その2(高松築港〜瓦町)

 琴平線は、高松築港から琴平町に至る、琴電で最も長い32.9kmの路線です。この内、高松築港〜瓦町間1.7kmは戦後の1948年(昭和23年)開業した路線で、他の線区に比べると歴史は短く、開業の経緯が異なっています。又一時期、この路線は築港線を名乗っていました。このページでは1980年頃の様子を紹介します。

  780形790 瓦町にて

 この頃、この区間には琴平線、志度線の列車が乗り入れていたため、電車が頻繁に走っていました。現在は長尾線が乗り入れています。写真は高松築港行の列車、先頭の780形790は元山形交通の電車(詳細説明は琴平線その1)です。この頃、長尾線は瓦町が始発駅になっていました。

  2000形230 瓦町にて

 瓦町には5線あり、長尾線の列車は4、5番線から出ていました。写真の長尾行電車は2000形230で、元宮城電鉄のクハ303です。国鉄に買収後クハ303として仙石線で働いていましたが廃車となり、琴電に入線、1926年(大正15年)の日本車両製です。木造車の名残か床下にトラス棒が残っていました。

  67+230 瓦町にて

 写真は230と編成を組むの60形67ですが、この電車も宮城電鉄の買収国電で、元クハ302です。琴電入線当初、2000形220を名乗っていましたが、電装され60形67になりました。1926年(大正15年)の日本車両製、この67は現在とほぼ同じ姿です。今は230は志度線で、67は長尾線で活躍しています。

  10000形1002 瓦町 1981.4

 こちらは瓦町2番線に停車中の10000形1002で制御器等改造後の姿です。

 現在の琴平線は瓦町より北上し、片原町駅通過後、左に大きくカーブし玉藻公園の堀沿いに進み高松築港に到着しますが、かつて、高松築港へは全く別の路線を走っていました。志度線を開業した東讃電気軌道は路線を今橋から延長し、1915年(大正4年)には公園前(栗林公園付近)まで開業、その後経営不振で四国水力電力に合併され、合併後、路線を北上させる市内軌道線を、併用軌道で延長、1917年(大正6年)に築港前まで開業しています。築港へはかなり遠回りな路線でした。

玉藻公園の堀を走る10000形1001 

 その後、1942年(昭和17年)に電気統制令により鉄道事業を分離、讃岐電鉄が設立され、そして戦時統制下の1943年(昭和18年)11月1日に別々の鉄道であった讃岐電鉄琴平電鉄高松電気軌道は合併され高松琴平電気鉄道が設立されました。しかし終戦1ヶ月前の1945年(昭和20年)7月4日の空襲で市内線が全滅し、そのうち瓦町〜築港前間は復旧されず、そのまま廃止されました。戦後、専用軌道で路線を築港前まで建設し1948年(昭和23年)に開通しました。(現在の路線)

 瓦町〜築港間は1500V、複線の琴平線として開業しましたが、その後志度線電車乗り入れのため下り線を600Vに変更、単線並列軌道となり、この際に築港線に改められました。その後1966年(昭和41年)7月に志度線は600Vから1500Vに昇圧され現在の姿になりましたが、路線名はそのまま築港線となっていました。1980年頃琴平線に戻されています。 

 30形31 高松築港にて

 写真は30形31、元京浜急行デハ245、1930年川崎車両製、京浜合併前は湘南電気デ75でした。琴電に入線直後は75を名乗っていました。

 高松築港駅 石垣は玉藻城

 高松築港駅はホームのすぐそばに高松城跡の石垣がそびえ、又駅の上は高松琴平電鉄経営の高松グランドホテルになっており、駅はこれらに囲まれた狭い空間にあります。又高松琴平電鉄の本社もここにあります。高松城跡は現在玉藻公園になっています。

 

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