ローカル私鉄紹介

    西鉄北九州線        更新 1999.5.28        PAGE 1

 九州の玄関口、北九州市を動脈の様に縦横に結んでいたのが西日本鉄道、北九州線です。かつては門司、小倉、戸畑、八幡にわたる44.3kmもの路線網を持ち、ピーク時には1日平均45万人以上の人員を輸送し、300両以上の車両を保有していたこの路面電車線も、現在は路線の縮小を余儀なくされ、現在では、黒埼駅前〜折尾間のわずか5.1Kmの専用軌道線を残すのみとなっています。

このページでは1980年頃、北九州線に訪れた時の様子を紹介します。又1980年11月に廃止になった北方線、北九州線に接続している筑豊電鉄も1部紹介します。

r07.JPG (29772 バイト)中央町付近 を交差する500形566、592  1980.9.3撮影

写真は中心路線の北九州線と枝光線との分岐点の中央町駅付近で交差する500形です。この頃電車はほとんどがクリームとオレンジのツートンカラーでした。この500形は1979年2月に廃止された福岡市内線から移籍してきた車両で、600形と共に北九州線の主流でした。

r02.JPG (30673 バイト)中央町に停車する500形600形   1980.9.3撮影

訪れた時、昼間にもかかわらず、電車はかなりの頻度で、運行されており、次々と電車がやって来ました。

r1212.JPG (30381 バイト)

r1208.JPG (32277 バイト)

r1211.JPG (33392 バイト)交差する500形562 600形602中央町〜春の町1980.9.3撮影

写真は北九州線、中央町〜春の町で交差する500形と600形です。この周辺は北九州工業地帯の中心で、路線は巨大な工場に沿って走っています。

写真の奥に見える巨大な構造物は新日本製鉄、八幡製鉄所の高炉です。路線の北側、洞海湾に面する八幡東田地区は、官営八幡製鉄所(現新日本製鉄株式会社)が建設され、1901年に東田第一高炉に歴史的な火入れが行われた日本の近代製鉄発祥の地です。その後、近代鉄鋼業を牽引してきた歴史ある地区ですが、近年は工場の移転に伴い、跡地を活用した新たな街づくりに着手し、1990年には宇宙テーマパーク「スペースワールド」が開業し、又路面線も1992年に廃止され、周囲の様子は一変しています。写真の高炉には、1901年を意味する“1901”の文字が見えます。

r1209.JPG (31584 バイト) 600形647 中央町〜春の町1980.9.3撮影

写真は砂津行、600形647です。600形は木製車を置き換えるために、戦後、登場した新車で、1950年〜1953年にかけて50両が増備されました。647は1953年の近畿車両製で、1992年の路面線廃線時に廃車になっています。600形は現在でも7両が残った専用軌道線で活躍しています。

r1210.JPG (31225 バイト)600形619  中央町〜春の町1980.9.3撮影

この写真は600形の619です。塗装は1980年に登場した真紅と黄帯の新塗装車です。この619は1952年の近畿車両製で、前照灯2灯化などの車体更新や冷房化工事を受け、現在も活躍する7両のうちの1両です。塗装はさらに派手な白に赤、青帯で現在も活躍したいます。

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