ローカル私鉄紹介

    西鉄北九州線        更新 1999.5.28        PAGE 1

 西日本鉄道北九州線は、1908年に設立された九州電気軌道が、1911年6月に門司東本町〜八幡大蔵川間を開業させたのが始まりで、1929年までに全線が開通しています。又これは西鉄の創業の歴史でもあります。

  西鉄北九州線は、本線の北九州線(門司〜折尾間29.4km)、戸畑線(大門〜戸畑間5.5km)、枝光線(幸町〜中央町間4.8km)、北方線(魚町〜北方間4.6km)の路線があり、市民の足として親しまれてきましたが、他の大都市の路面電車と同様に時代の波に逆らえず、1980年11月には北方線が、1985年10月には本線の一部(門司〜砂津間11.6km)、戸畑線、枝光線が廃止され、本線の砂津〜折尾間17.8kmを残すのみとなり、又この残った路線も1993年10月に砂津〜黒埼駅前間12.7kmが廃止され、現在に至っています。

r1207.JPG (26615 バイト)500形587、門司付近1980.9.4撮影

西鉄には路面線が福岡市内にもかつてあり、この500形は福岡市内線から移籍してきた車両です。500形561〜593の48両は、1948年〜1951年に製造され、1979年2月に全廃された福岡市内線から1975年11月の第一次廃止時に移籍され活躍を続けましたが、1993年に残る1両が廃車され現在はその姿を見る事が出来ません。写真の587は1985年に廃車になっています。

r1224.JPG (30972 バイト)600形647と1000形1015 黒埼付近  1980.9.3撮影

写真は専用軌道区間、黒埼駅前〜折尾間を走る600形647と連接車の1000形1015です。この区間は今も現存し、熊西で筑豊電鉄へ接続しています。

r1225.JPG (26643 バイト)専用軌道区間を走る60形72 1980.9.3撮影

写真は専用軌道区間を走る60形72です。60形は戦前の1929年に製造された66形を戦後の1950年に車体新製した車両で、新潟鉄工所と川崎車両にそれぞれ5両が発注され、車両の番号はそのままで、66〜69、71が新潟鉄工所、72〜75、79が川崎車両の新製車体に取り替えられました。当時としては斬新な車体で、これは60形に続く新造車の600形に受け継がれました。このため、60形と600形の外観はほぼ同じです。この10両の内、9両が福岡市内線に転出しましたが、福岡市内線の1975年11月の第一次廃止時に8両が北九州線に復帰しました。その後活躍を続けましたが、1992年までに写真の72も含め廃車になっています。

次のページでは、軌道幅が北九州線と異なり、独立していた北方線を紹介します。

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